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日本工業規格(JIS)では、真空(英語:Vacuum)について、「通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態」(JIS Z 8261-1)と定義しています。
すなわち真空とは、空気が全く存在しない状態のことではなく、あくまで大気圧より低圧の状態のことを指します。平野部での通常の大気圧が10⁵Paですから、それより圧力が低い状態であれば真空と言えます。
詳細は後述しますが、2019年、真空技術に関する一般用語の定義を規定したISO規格が 38 年ぶりに改正され、2021年9月から施行されています。
海抜ゼロメートル、気温288.15K(15℃)の大気圧(標準気圧)は約1013.25hPaで、これが1気圧(単位はatm)にあたります。以前はmbar(ミリバール)という単位系を使用していましたが、1992年にhPa(1mbar=1hPa)に置き換わり、現在までこれを使用しています。
一口に真空と言っても、実は真空には5つの種類があり、圧力の違いによってそれぞれJIS規格で明確に定義されています。
低真空(英語:Low Vacuum)は、およそ10⁵Pa~10²Paと比較的真空度が低い大気圧近傍の領域です。物質の物理的性質は通常とほとんど変わりません。ただし、10³Pa~10²Paは航空機が飛ぶような成層圏(地上10~50km)にあたるので、空気はかなり薄くなります。
低真空は、シール部にオイルなどの液体を用いないドライポンプ(ドライ真空ポンプ)や注射器と同じ原理のダイヤフラムポンプのほか、真空度10⁻¹Paまで可能なロータリーポンプ(油回転ポンプ)のほか、エジェクタなどで得ることができます。
薄膜や非磁性のワークを把持するための真空チャック(バキュームチャック)、食品・医薬品の包装・滅菌、そして大物樹脂部品の量産で行われることが多い真空成形も、低真空領域の技術です。
中真空(英語:Medium Vacuum)は、真空度がおよそ10²Pa~10⁻¹Paという状態です。
中真空領域になると、標準気圧との違いが徐々に出てきます。その理由は、中真空領域では基本的にクヌーセン数が1を下回るようになるためです。このクヌーセン数を理解するためには、まず気体分子の平均自由行程について押さえておく必要があります。
気体分子は、その場で静止しているのではなく熱運動により空間を自由に飛び回っています。しかし標準状態(0℃・10⁵Pa)では、アボガドロ定数6.02×10²³個/mol(またはロシュミット数2.687×10¹⁹個/cm³)の気体分子が存在しているため、分子どうしの衝突頻度が高く、ほとんど静止しているように見えます(微視的には振動している状態)。
真空度が上がり空間中の気体分子の数が減少すると、分子密度が下がるため、気体分子が移動できる距離が大きくなります。気体分子が別の分子に衝突せずに直進できる平均距離のことを、分子運動論では平均自由行程(英語:Mean Free Path)または平均自由行路と呼びます。
10⁵Paにおける平均自由行程は、約70nm(700Å)=7.0×10⁻⁵mmです。平均自由行程は、分子の種類と密度に依存し、厳密には温度の影響も受けます。ちなみにアルゴンArは約63nm、窒素Nは約67.6nmです。
話を戻しますと、クヌーセン数Knは、平均自由行程λと真空チャンバー・真空配管の径Dを用いて次の式で表されます。
Kn = λ ÷ D
真空工学や流体力学では、クヌーセン数の値によって圧力領域を次の3つに分類しています。
①粘性流領域(連続流領域):Kn<0.01
②中間流領域(遷移流領域):0.01<Kn<0.3
③分子流領域:Kn>0.3
平均自由行程が小さい①粘性流領域では、分子がチャンバーや配管の内壁面に達することはほとんど無く標準状態と同様に分子の衝突頻度が高いため、特異な現象は起こりません。しかし、平均自由行程が充分大きい③分子流領域では、分子がチャンバーや配管の内壁面に衝突する頻度が高くなります。
中真空では、10⁰Paの平均自由行程が7mm、10⁻¹Paであれば70mmになるため、真空チャンバー・配管のサイズによりますが基本的に粘性流領域~中間流領域になります。中間流領域では、粘性流領域に比してコンダクタンス(気体の流れやすさ)が大きくなり排気流量も増大します。
前述のKnを導出する式から分かる通り、径Dが小さければ平均自由行程λが大きくない(圧力が比較的高い)状態であっても、中間流領域や分子流領域を得ることができます。したがって、真空装置・真空配管の設計や真空ポンプの選定を行う場合は、クヌーセン数を充分考慮する必要があります。
高真空は(英語:High Vacuum)、真空度10⁻¹Pa~10⁻⁵Paで、上空約90~250km(成層圏よりもさらに上空の熱圏)の圧力範囲に相当します。
代表的な高真空技術として、半導体や電子部品製造において使用されるCVDやスパッタリングなどの成膜装置や、食品・化学・医薬品・理化学向けの真空凍結乾燥などがあります。
CVD(化学的気相成長法、英語:Chemical Vapor Deposition)とは、真空チャンバー内に薄膜の原料となるガスを注入し熱や光、プラズマなどで基板上の化学反応を励起させることにより成膜する技術です。一方PVD(物理的気相成長法、英語:Physical Vapor Deposition)の一つであるスパッタリングは、アルゴンなどの不活性ガスをイオン化し、それをターゲット(成膜原料をプレート状にしたもの)に衝突させることで基板に薄膜を形成する方法になります。
また、真空凍結乾燥は、高温乾燥に耐えられない生物試料の保存・観察の目的で19世紀から利用されてきた技術です。減圧すると水の沸点が100℃未満になり、且つ水蒸気の拡散係数が大きくなることで乾燥効率が向上する原理を応用したもので、例えば10⁰Pa=1Paであれば水を-50℃で迅速に気化させることができます。食品分野では「フリーズドライ」の名称で、一般に広く浸透しています。
低真空・中真空領域で使用したドライポンプや油回転ポンプでは、高真空や後述する超高真空を得ることは難しくなります。高真空を得るためには、ターボ分子ポンプ、油拡散ポンプ、クライオポンプ、チタンゲッターポンプ(サプリメーションポンプ)、そしてイオンポンプ(スパッタイオンポンプ)などの高機能真空ポンプが必要になります。これらの真空ポンプも大気圧からいきなり排気を始めることはできないため、最初に補助ポンプを使用して、作動できる圧力領域まで減圧する必要があります(これを粗引きと言います)。
また、ほとんどの場合、真空ベーキング処理(脱ガス処理)も施します。前述の高機能真空ポンプを作動させることで滞留しているガスは排気することができますが、壁面に吸着した水分や壁内部に溶存している気体分子(放出ガスないしアウトガスと言います)が時間をかけて気化してしまうため、これらを可能な限り気化させて排出しなければ高真空を得ることはできません。
ガス放出を促進するために真空チャンバーを加熱するのが真空ベーキング処理です。この時注意しなければいけないのは、Oリングやガスケットなどのシール材の耐熱温度以上には加熱できないという点です。したがって、加熱温度を一定以下にする必要があるほか、分子密度が小さい真空中では熱伝導がゼロに近いためかなりの時間を要します。
また放出ガスは、内壁表面に吸着した水分、窒素、酸素、二酸化炭素、加工工程で付着した切削液やグリスのほか、材料内部から溶け出す二酸化炭素や水素などがあります。材料内部に溶存している気体分子を完全に取り除くのは難しいですが、部品加工段階の工夫で表面の吸着ガス量を抑えることができます。よく用いられる対策としては、表面に吸着した不純物は事前に超音波洗浄で取り除く、電解研磨やバフ研磨で鏡面仕上げすることで表面積を減らすなどがあります。
超高真空(英語:Ultra High Vacuum)は、真空度10⁻⁵Pa~10⁻⁸Paです。ISS(国際宇宙ステーション)や人工衛星が周回している高度250km以上の宇宙空間に匹敵する真空状態で、現在工業的に実用化されているのは超高真空が限界です。
平均自由行程が極めて長い超高真空領域では、電子線や分子線の研究、加速器や核融合実験のほかスペースチャンバーを用いた熱空間試験などが行われています。
超高真空を得るためには、いずれも金属のゲッター作用を利用した以下の3つの真空ポンプが使用されます。
・スパッタイオンポンプ:スパッタ装置と同じ原理を利用
・チタンゲッターポンプ:チタンを蒸発させて活性ガスを捕集(アルゴンなどの不活性ガスは捕集不可)
・非蒸発型ゲッターポンプ:ジルコニウムをゲッター材とする。加熱する必要があるためシール材の材質や排気時間に注意する必要があります。
極高真空(英語:Extremely High Vacuum )は、真空度10⁻⁸Pa以下という、まさに宇宙空間レベルの真空状態です。1990年頃から研究が進み、現在に至るまで極高真空を得るための真空ポンプや計測器の開発が行われています。工業的な実用化にはまだ時間がかかりそうです。
真空技術は、理化学装置をはじめ、航空宇宙、半導体製造装置、電子機器、輸送機械、食料品・医薬品、家電など、私たちの身の回りから工業まで幅広い分野で活躍しています。
具体的には、真空フランジ、真空バルブ、真空ポンプ、真空ベローズ、真空ビューポート、真空チャンバー、クライオスタット、真空管、電子管、加速器・スペースチャンバーなどの実験装置、スパッタリング装置(成膜装置)、超電導リニアのほか、家電では電子レンジ・冷蔵庫・炊飯器・掃除機などで真空技術が活用されています。
宇宙空間に匹敵する真空度の高真空・超高真空環境で使用される装置・機器の部品には、無酸素銅(C1020, OFC)や電子管用無酸素銅(C1011)などの極めて純度の高い純銅が採用されることが多いです。
その理由は、無酸素銅のガス放出特性の低さや優れた導電性、熱伝導性、低温特性にあります。
続いて、銅板加工.comが実際に加工を行った真空装置向け部品をご紹介します。
こちらは、高出力加速器に使用されるビーム配管部品です。
材質はC1020で、検出器部分が平らになっている特殊形状のため、マシニングセンタによる3次元加工で製作いたしました。上下を合わせると丸配管になる構造です。
こちらは、クライオスタットに用いられるシールド部品です。
パイプ形状の部品ですが、無酸素銅板(C1020)でロール巻加工を行い、パイプとフランジを合わせて加工いたしました。また、ろう付け作業後に内外径を#400バフ研磨で仕上げ加工を施しました。
銅板加工.comを運営する株式会社アイジェクトは、無酸素銅や高純度アルミをはじめとする、高真空・超高真空環境で使用される高精度部品の加工実績が多数ございます。
また、銅素材に関するご相談や図面段階からの設計提案も積極的に行っております。
真空装置向け部品の高精度加工でお困りの方は、銅板加工.comにご相談ください。
(参考文献)
福田常男「低真空・中真空技術の基礎と応用」(『Journal of the Vacuum Society of Japan』58巻9号325-329頁、一般社団法人日本真空学会、2015)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvsj2/58/9/58_15-RV-011/_pdf
千田裕彦「粘性流領域における真空排気の理論計算とその応用」(『SEIテクニカルレビュー』第176号1-7頁、住友電気、2010)
https://sei.co.jp/technology/tr/bn176/pdf/sei10607.pdf